福岡地方裁判所 昭和46年(つ)4号 決定 1973年4月09日
請求人 尾田信夫
主文
本件各請求をいずれも棄却する。
理由
第一、本件各請求の要旨は次のとおりである。
一、請求の趣旨
請求人は、昭和四一年一二月五日に福岡市下川端町所在のマルヨ無線株式会社川端店において発生した強盗殺人、同未遂、放火事件について、昭和四三年一二月二四日に福岡地方裁判所で右事件の犯人と認定されて死刑に処する旨の判決を受け、控訴および上告ともに棄却されて右判決の確定した者であるが、昭和四六年七月八日付告訴状をもつて福岡地方検察庁検察官に対し、巡査部長清水掬也および巡査千代田政義には後記二(一)記載の事実のような、また、巡査菊川光には後記二(二)記載の事実のような各罪を犯した疑いがあるとして告訴したところ、同庁検察官はこれらについていずれも公訴を提起しない処分をした。しかし、請求人は、検察官の右各不起訴処分には不服があるから、刑訴法二六二条一項に基づき、右各事件を裁判所の審判に付することを求める。
二、被疑事実の要旨
(一) 被疑者清水掬也および同千代田政義は、昭和四二年一月当時、いずれも福岡県博多警察署に勤務する警察官であつて、前記マルヨ無線株式会社川端店で発生した強盗殺人等事件の捜査を担当していた者であるが、共謀のうえ、
(イ) 同月中旬ごろ同署内において、右事件の被疑者として同署に勾留されていた請求人から背広上下、手袋等の衣類および所持品を押収した際、そのうちの被告人に有利な証拠物である白色儀式用手袋、旅行用置時計および黒皮バンド計三点を隠匿する目的で、その職権を濫用して右押収にかかる押収品目録を請求人に交付せず、もつて他人の刑事事件に関する証憑を隠滅するとともに、請求人の右押収品目録の交付を受けるべき権利を妨害し、
(ロ) その職権を濫用して、その後現在に至るまで四年以上もの間右押収品目録を請求人に交付することなく同署内等に放置し、もつて公用文書である右押収品目録の効用を滅失させてこれを毀棄するとともに、請求人の右押収品目録に関し有すべき権利を妨害した。
(二) 被疑者菊川光は、昭和四二年一月二一日当時、右警察署に勤務する警察官であつて、看守係であつたが、同日午後二時四〇分ごろ福岡地方裁判所から請求人に対する同裁判所昭和四二年(わ)第二五号強盗殺人等被告事件の起訴状謄本の送達を受けたにも拘らず、そのころ同署内において、その職権を濫用して、右起訴状謄本をほしいままに破棄して請求人に交付せず、もつて公用文書である右起訴状謄本を毀棄するとともに、請求人の同謄本の送達を受けるべき権利を妨害した。
第二、当裁判所の判断
二、まず、本件請求の適法性について検討するのに、本件記録および取寄せにかかる本件捜査記録(以下「関係諸記録」という。)によれば、請求人が昭和四六年七月一〇日福岡地方検察庁検察官に対し、前記第一、二記載の被疑事実と同一の社会的事実を主張して、清水掬也らをいずれも公務員職権濫用および公用文書毀棄の罪に告訴したこと、同庁検察官が同年一二月一〇日に右清水らに対する右告訴にかかる罪についていずれも公訴を提起しない処分をし、その旨請求人に通知したこと、請求人が同月一六日これを不服として本件請求に及んだことは明らかであつて、全体的にはその手続において欠ける点はない。
ところが、本件請求においては、右清水および千代田について、同人らが押収品目録を交付しなかつたのは押収した証拠品を隠匿する目的でしたものであり、従つて右行為が証憑湮滅罪を構成するとの主張(前記第一、二(イ)の事実)がなされているが、検察官に対する告訴事実としては、単に、右清水らがその職権を濫用して押収品目録を交付しなかつた事実が主張されているにすぎない。そこで、問題は、右証憑湮滅に関する部分の請求が適法かどうかであるが、いうまでもなく告訴ないしいわゆる付審判の請求においては、告訴人ないし請求人は犯罪となるべき社会的事実を特定して主張すれば足り、これを法律的に構成したり罰条を特定したりすることは要求されていないから、押収品目録を交付しないという事実を特定して告訴している以上、それが証憑湮滅行為としての意味を持つという主張がなくてもこの点告訴があつたと解する余地があるし、さらに、右清水らがその職権を濫用して押収品目録を請求人に交付せず、もつて請求人の右目録の交付を受けるべき権利を妨害したという所為と、証拠物を隠匿する目的で右目録を交付せず、もつて他人の刑事被告事件に関する証憑を湮滅したとの所為は、仮にこれがすべて肯認できるとすれば、一個の行為で数個の罪名に触れる場合であるところ、一の罪名に該当する事実(罪)について告訴したのち、右告訴を前提とし、これと観念的競合の関係に立つ他の罪を付加して付審判の請求を行なうことも許されると解すべきであるから、いずれにしても本件において右証憑湮滅に関する部分も、適法として取扱うのが正当である。
なお、請求人作成の昭和四六年一二月二五日付審判請求書中には、右清水および千代田において請求人から押収した白色儀式用手袋、旅行用置時計および黒皮バンド計三点そのものを破棄したとの事実も主張されているが、右事実は告訴の対象とはされていなかつた事実であり、前記第一、二(一)(イ)および(ロ)の被疑事実とは別個の罪を構成する事実であつて、仮にこれをも本件請求の対象としたものとすれば、検察官による不起訴処分を経ていないという意味で不適法なものであるから、結局、この点は右第一、二(イ)および(ロ)の被疑事実に関する事情として述べたものと解するのが相当である。
二、次に、本件請求の当否について考えるのに、まず前記第一、二(一)(イ)の公務員職権濫用および証憑湮滅の事実については、関係諸記録によれば、前記清水および千代田が昭和四二年一月中旬ごろ当時前記強盗殺人等被疑事件の被疑者であつた請求人から背広上下等の衣類や所持品を押収した事実はこれを肯認できるところ、仮に右清水らが請求人主張のような犯罪を行なつたものとすれば、右押収にかかる押収品目録の交付は右押収後直ちに行なわなければならないものであるから(刑訴法一二〇条)、右押収の行なわれた直後ごろ本件押収品目録を交付しないという行為による犯行は既遂に達したものとしなければならない。ところで、本件において犯罪が成立するとすれば、その所為は刑法一〇四条に定める証憑湮滅罪と同法一九三条に定める公務員職権濫用罪とにあたり、右両者が科刑上一罪(観念的競合)を構成すると解すべき場合であるから、右両罪のいずれをも重しとしても長期二年以下の懲役がその重い法定刑であり、この場合犯罪行為の終つたときから三年の経過によつて公訴時効が完成する。してみると、本件の場合、請求人主張のような公務員職権濫用の罪および証憑湮滅の罪は、右のようにいつたん既遂に達したのち、押収品目録を交付しないという状態が続いている間犯罪行為が継続するのではなく、前記時点で犯罪としては完成しその後は違法状態が続くだけであると解されるから、結局、前記押収の行なわれた昭和四二年一月中旬ごろから起算して三年を経過した昭和四五年一月中旬ごろその公訴時効が完成し、もはや右清水らの刑事責任は、その犯罪の成否にかかわりなくこれを追及する手続を進めることができなくなつたものといわなければならない。
第二に、前記第一、二(一)(ロ)の公務員職権濫用および公用文書毀棄の事実については、仮に請求人主張のとおりの事実がすべて認定できるとすれば、前記清水および千代田が前記押収の際にことさらにその職権を濫用して押収品目録を交付しなかつたという事実が前提となり、右事実はそれ自体公務員職権濫用罪等を構成するから、たとえその交付すべきであつた押収品目録を隠匿放置してその効用を滅失させるに至つたとしても、それだけでは新たな法益侵害行為はなく、前の公務員職権濫用罪等の不可罰的事後行為であるにすぎない。また、仮に前記押収にかかるか押収品目録が押収の際交付されずその後現在に至るまでその交付がないとの請求人の主張事実が真実であるという仮定に立ち、さらに当初に交付しなかつたことが右と異なり故意にしたものでないということを前提にすれば、本件において犯罪が成立するためには右清水らがなんらかの時点で押収物目録の交付していないことに気づいた事実の存在することが必要であるが、そのような事実の存在についてはこれを肯認するに足りる証拠の存在の形跡すら窺うことができない。
最後に、前記第一、二(二)の公務員職権濫用および公用文書毀棄の事実については、関係諸記録によれば、前記菊川が博多警察署看守係巡査として、昭和四二年一月二一日午後二時四〇分ごろ、福岡地方裁判所から請求人にあてて送達された同裁判所昭和四二年(わ)第二五号強盗殺人等被告事件の起訴状謄本を同裁判所執行官職務執行者から受領した事実を認定することができるが、この事実に関しても前述の前記第一、二(一)(イ)の事実についてと同様にその公訴時効の完成の有無を検討する必要がある。まず、この場合も、公務員職権濫用罪に関する限り、右起訴状謄本は直ちに被告人であつた請求人に交付しなければならないはずのものであるから、仮に右菊川がその職権を濫用して同謄本を請求人に交付しなかつたとすれば、右起訴状謄本を執行官職務執行者から受領した直後ごろ犯罪が成立することとなる。しかし、一方ではこれまた仮に請求人主張のとおり右菊川が同謄本を破棄(紛失)したものとすれば、右請求人の主張ないし陳述以外にこれを裏付ける証左がないから、その主張のとおりこれを請求人に交付しないという行為の裏腹をなす行為としてしたものと認めざるをえず、従つて、この点で成立する公用文書毀棄罪(刑法二五八条)と右公務員職権濫用罪(刑法一九三条)とは科刑上一罪(観念的競合)を構成すると解すべきものである。そして、右破棄の時期については、破棄したこと自体これを認めるに足りる証拠が一切存在しないので、同様に請求人の主張するところに従うとすれば、これが遅くとも請求人に対する取調等が終つて請求人が博多警察署から土手町拘置支所に移監となつた昭和四二年一月二五日ごろまでといわざるをえないところ、科刑上一罪の公訴時効はすべての犯罪行為の終つた時点から進行すると解されているから、本件の場合も、より遅い右昭和四二年一月二五日ごろが公訴時効の起算時である。とすると結局、観念的競合の関係に立つ右両罪のうちの重い罪である公用文書毀棄罪の法定判(三月以上七年以下の懲役)を基準として、右日時から五年を経過した昭和四七年一月二五日ごろには本件についても公訴時効が完成したものといわざるをえず、現在では右菊川に対しても、その犯罪の成否にかかわりなく、その刑事責任を追及する手続を進めることが許されなくなつたことが明らかである。
三、以上の次第で、請求人主張の各被疑事実については、すでにその公訴時効が完成しているか、罪とならないまたは犯罪の嫌疑がないことが明らかであるから、検察官がこれについていずれも公訴を提起しない処分をしたのは結局正当であつて、本件各請求はいずれもその理由がないに帰し、刑訴法二六六条一号に従いこれを棄却すべきものである。
よつて、主文のとおり決定する。
(別紙 被疑者一覧表略)